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海外で活躍する日本人: TalentEx代表 越 陽二郎さん (2)

現在タイやロシアを中心にHR事業を手掛けるTalentExのCEO越陽二郎さんにお話を伺ってきました。幼少期をアメリカと日本を往復しながら帰国子女として育った越さん。海外起業で一番難しいこと、帰国子女でありながらビジネス英語でも苦労されたお話、英語が通じない非英語圏で身につけた効果的な現地語の学習方法、今後の言語の使われ方について、興味深いお話が聞くことができました。

第2回目は、英語、言語の学習方法のお話をご紹介します。

第1回「東南アジアで起業するうえで、一番難しいこと」

第3回「今後の言語の使われ方」

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帰国子女もビジネス英語で苦労!?ビジネス英語はビジネスの中で鍛える!

– 越さんは幼少期はアメリカにいらして、高校の時に日本に戻られたんですよね?

生まれは日本ですが、4か月から5歳までニューヨークにいました。その後、帰国して5歳から10歳までの5年間は日本の学校に通っていました。4年生の時にまたアメリカに行って、10歳から15歳までは向こうで。そんな感じで20歳になるまで5年おきに行ったり来たりしていました。

– その時、言語バリアというのはありましたか?

最初、幼少期の5年はまったく記憶にないんです。2回目に行った小4の時は英語を全然覚えていませんでしたが、耳と舌だけは少し残ってたので、発音はアメリカンイングリッシュではありました。最近はだいぶタイ訛りになったと言われるんですけれども(笑)。小4で行った時には英語がなんなのかも覚えていなかったので、1年目は相当泣きました。現地校に放り込まれて。今でも覚えているんですけれども、「なんでこんな辛い思いしなきゃいけないんだろう?」って泣き喚いて、次の日に母が学校に来て先生に話をしてくれて。先生から「授業中、分からない時には日本語の本を読んでていいよ」と。小学校だったので、そういう形でみんなに見守られながら徐々に英語ができるようになっていきました。中学校に入ってから、向こうでいうとミドルスクールに小学校5年生の半ばから入るんですが、その瞬間に一気に状況が変わりました。小学校のように甘くないので、夜中3時ぐらいまで勉強して、宿題して、朝7時に起きて…というのが結構な期間続いたんですけど。そのおかげで英語に抵抗はないと言うか、人並みに喋れるようになりました。ただ日本に帰ってきて、高校、大学と出て、日本でコンサルの仕事をし始めて、海外出張が入った時、ビジネス英語、丁寧な言い回しっていうのがわかりませんでした。僕の英語は、中学生が使う英語だったので。

– 帰国子女の越さんでも、ビジネス英語で苦労されたのですか?

はい。そこで、ビジネス英語は仕事をする中で学んでいきました。特に弁護士事務所とのメールはめちゃくちゃ勉強になりました。“Thank you in advance”だとか、“Humbly ask for your support”とか…なるほど、そうやって丁寧感を出すんだなと。英語に敬語はないって言われますけど、こういうのが敬語の役割をするんだな、みたいなものを周りから勉強させてもらったと思います。

– 本などではなくて、仕事をやりながらビジネス英語を学んでいったと

そうですね。僕があまり勉強しないのがばれちゃうんですけど(笑)。そういうのを勉強する本があるかどうかがわからなくて。英語の初級・中級・上級のはあると思うんですけど、ビジネス英語の言い回しみたいなもの、特に自分が今必要な場面で集まっているものってあんまりないと思うんですよね。ビジネス英語がまとまった本とかはあるとは思うんですけど、じゃあそれを読んで今すぐ使えるものがどれほどあるのかっていうところで。なので、やりながら、ちょっと恥かきつつも相手から勉強させてもらうというのが、一番早かった」かなと思っていて。

– 英語が使えて良かったなと思うことはありますか?

英語は、もちろんできて本当に良かったと思っています。現在、僕はタイに住んでいて、タイもロシアも非英語圏で、さらに南米もEUも、僕の行くところは全部、意図的に英語圏を避けて行っています。だから、英語を使わないのかとも思われるんですけれども…。ただ、英語が前提としてあることによって、非英語圏にも行けていると思っているんですね。例えば、創業したての頃にタイ人の起業家が出資してくれるとなった時も、コミュニケーションは全部英語でした。それに、会社の本社はシンガポールに登記をしています。シンガポールは英語の国なので、書類とか契約書は全部英語です。他にも、日本で英語ピッチのベンチャーの大会とかになった瞬間に、募集が集まらないという話を聞きます。僕の場合はタイで、プレゼンが英語でできる場合、「ラッキー!英語なら任せてください!」とかそういう気分なので、英語が前提としてできるっていうのですごく助かっています。ただその上で、英語ができたところでそう簡単にビジネスはできないというタイの難しさ。特にアメリカ人とか、「英語を喋れることが世界で戦える一番の武器だ!」と思っている人達に対しても、「英語ができるからといってビジネスは進まないよ?」と。日本人なのでそういうマーケットも理解できて、タイ人がタイ語を喋るっていうことを尊重して、自分もタイ語を喋ろうという時に、英語は前提としてある程度できなきゃいけないので。教養のある方、地位の高い方、IT系の人たちは皆英語が堪能ですから。

英語を勉強するところからやっている仲間も周りにはいるんですが、逆に彼らはタイ語をマスターしていたりするんです。よく「越さん羨ましい」って言われるんですけど、僕からすればその方々がすごく羨ましいと思うんですよね。自分もタイ語をちゃんと喋れるようになりたいですから。でも彼らは彼らで、英語が得意じゃないから非英語圏のタイに来ていたりするんですよ。タイは世界有数の日本人が多い国で、製造がこれだけあるというのも、英語ができなくてもビジネスができる国だから、という説もあるんですが。

とはいえ、ビジネスマンとしていろんなことをやっていこうと思うと、もっと英語を勉強しなきゃならない。でもそこはもうショートカットして、タイ語を勉強しようと思って。なので今は、週に2回、タイ語とロシア語の先生に来てもらっています。それと、現在バングラデシュで開発をしてまして、昔学生時代に行っていたりもしたので、ベンガル語も習っていて。なので、3言語を同時に勉強してます(笑)。業務があって、家族があって、子供を3人育てて、さらに3言語なので、もちろんそんなにバリバリ勉強できるわけではないんですけれども。やはり他の言語が勉強できるのは、英語ができるおかげです。そういう意味で、マーケットがグッと自分の中で広がっているのかなって。あれだけ泣き喚いて、「日本人学校行かしてくれ」って言って行かせなかった母親・父親に、本当感謝しています。

言語は学習目的を明確にしてからやる!

– 英語以外の言語を勉強する際の、越さんなりの勉強方法はありますか?

言語を勉強するという意味では、おそらく今英語を勉強されている方々と似たようなところがあると思います。

僕は教科書通りにやるのはあまり得意ではないんです。現在はタイ語の先生に教えてもらいながらタイ語の教科書を一通りやっているんですが、もともと学生時代にバックパッカーで来ていた時には、現地の人が言う言葉を聞いたままノートにカタカナで書いていました。例えば、「辛くないようにしてください」は、「ไม่เผ็ด(マイペ)」って言うんですけど。「マイペ」は最後にTが小さく入ってるので「マイペ(ッ)」とか書いたりして。自分がよく使うフレーズを貯めて、忘れたら読み返して、使って…というのを繰り返して

あとは、まず新しい国に行ったら「こんにちは」と「ありがとう」だけは言えるようにしようと。これでとりあえずは、その国の人とコミュニケーションできると思っています。初めてロシアに行った時も、「こんにちはって何て言うんですか?」と聞いたら。「Здравствуйте(ズラスヴィーチェ)」と。わからん、覚えられん、と思ったんですけど(笑)、黙って書いて、それっぽい発音を繰り返していました。幸い、ロシア語はタイ語と違って声調もないし、LRの発音もないし、カタカナ発音でも結構通じるので。特にレストランとタクシー用語を覚えておけば、ビジネス上は相当楽になると思っています。

やはり人間、どこまで行っても天才・万能ではないので。2カ国3カ国…10カ国でビジネスしたいと思った時に、世界の大半は英語が通じない、もしくは非英語圏の中で、それぞれの言葉をネイティブレベルに話せるようにはならないと思います。タイだけで仕事をする、ロシアだけで仕事をする、それで習熟していくというのも一つだとは思います。ただ僕みたいに、いろんな人といろんな所で会いたいと思ったら、どうしても全部を上級レベルにするのは無理があるので、コミュニケーションでこの人たちと話せるようになりたい、というレベルをある程度決めて、そこまでは勉強しようと。ただ、ビジネスレベルにはなれないと。そういうのはある程度割り切る。マスターしよう、完璧になろう、ネイティブになろうと思うと心折れちゃいますから。そういう形で、自分の目的としてどの言語をどこまで使えるようにするかという線引きをはじめにしておくんですね。

– 言語を学ぶモチベーションはどこからくるのですか?

僕の場合は、ロシア語もタイ語も目の前にいる人とコミュニケーション、意思疎通をしたいから学ぼうと思ったんですね。タイでもすごくいろんな人にお世話になっていますし、ロシアでも事業をスタートすることができたのは、日本に興味を持ってくれるクライアントさんから、「事業の芽が作れたら、資金はうちが出しますよ」みたいな話があったからなんですよね。とにかく向こうの大学と提携を探さないといけないと。

今、カザン連邦大学というところと提携していますが、最初にその大学を訪れた時のことです。大学の国際部の人たちと話したんですが、彼らはみんな英語が堪能で、コミュニケーションができて、ありがたいと思ったんですが、残念ながら興味がないと言われてしまいました。ショックで、もうロシアで事業できないかな…と思っていたら、たまたま大学にIT系の人が8人ぐらいいたんです。その中にITの副学部長の女性がいて。彼女はまったく英語ができなかったので通訳がいたんですけれども、しょぼくれてる僕に「あなた達せっかく来たんだからIT学部見ていく?」って言ってくれて、現場を見に行きました。そこで学部長紹介してくれて。学部長は英語ができる方で、かつビジネスマインドがすごくある方で、生徒のためにとってはそれはものすごくいいことだと。ということで、一緒にやりたいみたいな形で話が進んだんですけれども。ただ学部長はすごく忙しいので、実務的にMOU(基本合意書)の提携の話を詰めるのは副学部長だったんです。ただし、彼女はまったく英語ができない。もちろん日本語もできない。僕もロシア語ができなかったので、ミーティングの時には通訳の方を向こうで用意してくれて、英語とロシア語で会話をしていました。ミーティングだけですべてを詰めることはできないので、離れている時もWhatsAppを使って連絡を取るんですよね。その時は彼女と英語でやり取りしていたんです。「そうか。この人は、日本人みたいに、本当は英語を知っているけれど、シャイで喋れない、もしくは会話だけが苦手なんだろうな」と思っていました。それで、MOUを結んだ当日、「ありがとうございました…」というのを通訳の方を通して話した時に、「本当は英語ができるんですよね?」と聞いたら、いやまったくできないと。あれは全部 Google翻訳でコピペしてやっていたと。わざわざ僕の文章をコピーして、内容を理解して、自分で打ったロシア語を英語に翻訳したのをコピーして、また僕に打って…ということをずっと彼女はやってくれていたんですね。僕がやるのは分かりますよ?僕が行きたいんですから。あっちが提携してくれて、しかも上司に言われて受けただけの仕事なのに、そこまでして僕の相手をしてくれていたことに、めちゃくちゃ感動して。この人とロシア語で話したい。ビジネスまでいかなくていいから、この人にすごく感謝していること、ここまで道のり、あなたのおかげでここまでこれた。これからあなたの家族について、友達について、この街についていっぱい教えて欲しい、ということをロシア語で話して、語れるようなところまでいきたいと思ったんです。その時、すごくクリアに、僕がロシア語を勉強する理由ができたんです。そういうモチベーションで僕は言語を勉強しているんですよね。

– 好きな英語の言葉はありますか?

ことわざとかではないんですけれども。スタートアップを始めてから知った言葉で、“Perseverance”という単語があります。今、僕らみたいにスタートアップだったりとか、海外とか、難しい状況にあって、でも前進して進んで行かなきゃいけないっていう人にとってはすごくいい言葉だと思っています。「忍耐」という言葉に日本語だと近いんですけども。“Endurance”という言葉は割と僕も使っていて知っていたんですが、“Perseverance”はちょっと英語では意味が違っていて。“Endurance”というのは同じところに甘んじることに耐える。例えば、カースト制の下の位にいる人が、そういう運命だと思って耐え続けるという意味です。“Perseverance”はイメージで言うと、台風の中、猛風が吹き荒れていて、でも前に進まないといけない。ただ台風が終わるのをじっと待つのではなく、その中で堪えながら前に前に進んでいく、という感じなんですね。それを知った時に、いい言葉だなと思って。ただ“Endurance”するのではなく、前に進みながら“Perseverance”を持って生きていきたいなと思っています。

現在タイやロシアを中心にHR事業を手掛けるTalentExのCEO越陽二郎さんにお話を伺ってきました。幼少期をア...
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